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「カティア・ブニアティシヴィリ」超絶技巧&美貌のピアニスト:大嶺光洋のブログ

【プロフィール】KHATIA  BUNIATISHVILI  1987年ジョージアグルジアトビリシ生まれの今年(2017)30歳。美しすぎる技巧派の女性ピアニストとして世界の耳目を集めている。6歳でリサイタルやオーケストラとの共演を果たす。18歳で自国のピアノ・コンクール入賞のおり、審査員の推薦を受けウィーン音楽大学に転入、奨学金を得てマイセンベルグ教授に師事する。

 16歳(2003)で、若いピアニストのための「ウラディミール・ホロヴィッツ記念国際ピアノ・コンクール」(ウクライナキエフ、毎年開催)特別賞。21歳(2008)で、三大ピアノコンクールに並んで有名な「ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクール」(イスラエル・テルアビブ、三年毎に開催)入賞&最優秀ショパン演奏賞&聴衆賞。同2008年、ショパンの協奏曲第2番を弾いてカーネギー・ホールにデビュー。23歳(2010)で、審査員に内田光子さんが加わるロンドンの「ボルレッティ=ブイトーニ財団賞」。25歳(2012)で、ベルリンの権威ある「エコー賞」ほか受賞歴多数。

 最近は世界の著名な指揮者やオーケストラと共演を重ね、多くの有名音楽祭から定期的に招かれる一方、リサイタルを始め室内楽にも力を注ぎ、さらに、トビリシの母校で後進の指導にも当たるなど八面六臂の活躍振りだ。マルタ・アルゲリッチがその才能を認めて、自ら主宰する音楽祭に招聘したり、彼女と連弾をしたりしている。 ※パリ在住。

【主な共演指揮者】ウラディーミル・アシュケナージケント・ナガノシャルル・デュトワ、ジャナンドレア・ノセダ、ズビン・メータチョン・ミョンフントゥガン・ソヒエフネーメ・ヤルヴィパーヴォ・ヤルヴィミハイル・プレトニョフ、ほか

【主な共演オーケストラ】イスラエル・フィル、ウィーン交響楽団トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団トリノ・王立歌劇場管弦楽団、パリ管弦楽団フランス国立管弦楽団フィラデルフィア管弦楽団、フランクフルト放送交響楽団(現・hr交響楽団)、ミュンヘン・フィル、チェコ・フィル、NHK交響楽団、ほか

【主な室内楽共演者】ヴァレリー・ソコロフ(ヴァイオリン)、ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)、ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)、リサ・バティアシヴィリ(ヴァイオリン)、ミッシヤ・マイスキー(チェロ)、トゥルルス・モルク(チェロ)、ギードレ・ディルヴァナウスカイテ(チェロ)、ソル・ガベッタ(チェロ)、エマニュエル・パユ(フルート)、ほか

【主な招待音楽祭】アムステルダム(オランダ)、MDR(ドイツ・中東部3州)、サンクト・ペテルブルグ(ロシア)、ザルツ・ブルグ(オーストリア)、BBCプロムス(イギリス・ロンドン、ほか)、ヴェルビエ(スイス・ヴェルビエ)、マルタ・アルゲリッチ・プロジェクト(スイス・ルガーノ)、メニユーイン(スイス・グシュタード)、ラ・フォル・ジュルネ(フランス・ナント)、ほか

ディスコグラフィ】2011年 ソニー・クラシカルと専属契約。①2011年CD  リスト・アルバムでソロCDデビュー   ②2012年CD  ショパン・アルバム   ③2014年CD  独奏小曲集(マザーランド┅バッハ:カンタータ~アリア、ドビュッシー:月の光 ほか) ④2016年CD  独奏曲集(カレイドスコープ┅ムソルグスキー展覧会の絵ストラヴィンスキーペトルーシュカからの3楽章 ほか) ⑤2016年BD(ブルーレイ・ディスク)リスト:ピアノ協奏曲第2番&ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番(ズビン・メータイスラエル・フィル) ⑥2017年CD  ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2&3番(パーヴォ・ヤルヴィチェコ・フィル)

ソニー以外の室内楽》 ①2010年CD  ドイツECM・室内楽曲集(フランク:ピアノ五重奏曲ほか:ギドン・クレーメル、クレメラータ・バルティカほか) ②2011年CD  ドイツECM・室内楽曲集(チャイコフスキーピアノ三重奏曲『偉大な芸術家の思い出』ほか、ギドン・クレーメル、ギードレ・ディルヴァナウスカイテ、ほか) ③2014年CD  フランスERATO・フランク&グリーク&ドヴォルザークルノー・カピュソン:ヴァイオリンとデュオ)

  来日は無名時代を含めて3回。初来日は2010年ラ・フォル・ジュルネ。ここでショパンを弾いて注目された。2012年(2011年は震災のためキャンセル)はギドン・クレーメルスペシャル・ステージに参加して再来日、チャイコフスキーピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の思い出のために」、クレーメルが創設した室内オケ「クレメラータ・バルティカ」とモーツァルトのピアノ協奏曲第23番を共演した。(サントリー・ホール) ※リサイタルはショパン&リスト中心のプログラムで開催。(浜離宮朝日ホール

 最近は昨2016年 パーヴォ・ヤルヴィ/NHK交響楽団シューマンのコンチェルトを競演した。その際、第1楽章の終盤近くで彼女とはヨーロッパで何度も共演しているパーヴォが珍しくカティアに向かって5秒ほど指揮棒を振る場面があった。何か両者の間でソゴがあったのだろうか? 視聴し直してみると、パーヴォがあおっているように見える。指揮者があおられることは彼女の場合よくあることだが、これはどういうこと? パーヴォがカティアを手玉に取っているということ! ※リサイタルは「展覧会の絵」ほかのプロで開催。(浜離宮朝日ホールほか)

 ところで、彼女は自国語以外にフランス語&ドイツ語&英語を含めた5か国語が堪能の域を超えていて、引きも切らない各国のインタビューにそれぞれ自国語のように丁々発止と受け答えしている。以前に出演したテレビ(フランス)のトーク番組では、ジャズやラテンまで披露していた。さらに、彼女の容姿やファッションが世界から注目され各国専門誌の表紙モデルに引っ張りだこだ。また、彼女は楽屋にメイク担当と爪の調整研ぎ担当の各専門スタッフを帯同するなど、見事なプロ意識を発揮している。

  以上は公表されている様々な資料から私なりにまとめたものである。ここからは私見を述べたいと思う。異見も多々あろうかと考えられ、忌憚の無いご意見やご指摘を頂ければ大変有り難く思う次第である。

 【ピアノ協奏曲のブニアティシヴィリ

 数々のコンチェルトを視聴すると彼女は凄まじい技巧のなかで時に派手なミスタッチをする。しかし、彼女はそれに全く動じず音楽にはいささかの乱れもない。聞き取った私自身の耳を疑ってしまう。

 それより何より、オーケストラとの一体感が素晴らしい。リストの協奏曲第2番、グリーク、そして、ラフマニノフの第2&3番などを視聴すると「ピアノ管弦楽」というジャンルが出現したかのように感じるのは私だけだろうか。思わず自分の身体が動いてしまうのを止められない。

 また、指揮者をここまで注視するピアニストも珍しい。それだけ余裕があると同時に、それが上記のピアノ管弦楽?にも通じる所以と言えるだろう。そして、ピアノの休止時にはオーケストラに寄り添うように優しい眼差しを向け、その演奏に身体ごと溶け込んでいる。オーケストラの咆哮には敢然と挑み髪を振り乱して盤面を睨み天を仰ぎ時に腰を浮かせて弾く勇姿、片や絹糸を紡ぐ囁きのような響きの中にそっと分け入った時の敢えて抑えた彼女の表情に、私は身震いして見入り、聴き入るのみ。これは、得意な一台のピアノによる四手(時に六手)連弾や二台のピアノによる四手曲(協奏曲を含む)、そして、多くの室内楽で培われた強調性によるものと思われる。指揮者の音楽造りを信頼する姿勢が感じられて好もしい。

 テクニックに走ってテンポを上げ過ぎ、音楽が上滑りしないかと、チャイコフスキーなど心配したが無用だった。シューマンは、1~3楽章の冒頭が夫々特徴的だが、中でも第2楽章の入りがピアノとオーケストラの交換(掛け合い)で始まるのが印象的で、妻で初演者でもあるクララへのロベルトの思いが満ちたロマンチックなイメージがある。技巧的な部分は申し分ない。交互に表れるメロディックな部分はピアニッシモが客席に届くか心配なほど思い入れを込めた演奏だ。クララ・シューマンは天才ピアニストであり、立派な作曲家(ピアノ協奏曲や歌曲など)でもあったから、夫の唯一のピアノ協奏曲に多大な助言をしたであろうことは想像に難くない。それを考慮して演奏していることは、彼女とパーヴォ・ヤルヴィの対談(映像発信あり)での発言から理解出来る。立派なアナライズ(分析)と言えよう。

 勿論、ショパンやリストは独壇場。グリークからラフマニノフショスタコーヴィチ等近代に向かう作品は彼女の面目躍如だ。特にラフマニノフ2番の序奏はピアノの独奏で始まるが、「両手の和音と左手の低単音」の繰り返しが弱奏から強奏へ近づくにつれてテンポを上げるのが一般的な弾き方。ところが彼女は最初のテンポを頑なに維持しつつ強奏へと進むので迫力が一段と増す。オリジナリティ(独創性)なのか、一種のアイデアなのか心にくい。因みに、ソチ五輪のフィギュア・スケートで浅田真央嬢が感動の名演技を残した際のバック音楽はこの演奏を切り貼り編集したものである。(ジャナンドレア・ノセダ/トリノ・王立歌劇場管弦楽団

 それから、ラフマニノフの3番はヴェルビエ音楽祭管/ネーメ・ヤルヴィで圧倒的な快演を残している。何と24歳、ソニーと契約の年だ。最新(2017)のCDでは3番をパーヴォ・ヤルヴィ(前出)と共演しているので、ブニアティシヴィリは奇しくも20代で、両者とも世界的なヤルヴィ親子と難曲3番を共演したことになる。凄い実績だ!

 彼女の特質は何と言っても音の美しさにあると思う。柔らかなタッチに見えるが音の粒が明瞭で、最弱音から最強音まで一貫している。それでいてテンポを速めに取りつつもピアノの歌わせ方、絶妙なペダリングは年齢を疑ってしまうほど。音に色気があるのだ。同じ技能派でアルゲリッチの後継者として人気を二分すると言われるユジャ・ワンのがっちりしたタッチから生まれる音とは対極にあると感じるのは贔屓し過ぎだろうか。

 演奏を終えた女性ピアニストは聴衆の喝采の中先ず指揮者に歩み寄ると、指揮者は頬を合わせて奏者をねぎらう儀式を行う。彼女の場合は演奏の出来栄えによるのか指揮者への所作が微妙に変化する。ラフマニノフではジャナンドレア・ノセダの首に右手を回し左手で彼の背を何度も擦って喜びと感謝の抱擁をしていた。ところが前記のパーヴォ・ヤルヴィには、両手をだらりと下げ両頬を合わせただけ。ヤルヴィとはフランクフルト放送交響楽団(現・hr交響楽団)でやはりシューマンを競演し、ノセダに近い抱擁だったのに。よほどN響での演奏に不満があったのか? 否、立派な演奏だった!(賛否あり)ヤルヴィは嬉しそうに笑みを浮かべながらノリノリの棒さばきだったし。別に考えられることは、この二人の共演は今やコンビと言えるほど数多いので、特別な抱擁は必要無かったのかも知れない。後の情報によれば、演奏を終えると透かさずブーイングがあったというからその影響かも。彼女の表現、或はビジュアルに反感を持った?女性かららしい。そのせいか当日はブニアティシヴィリのアンコールが異例にも無かった由。

 さてもおそろしき奔放なテクニックで、時に翻弄しつつ、肝心なところではピッタリ合わせてくる、指揮者泣かせのピアニストが彗星のごとく現れたことは間違いなさそうだ。

【ピアノ独奏曲のブニアティシヴィリ

 独奏曲でのカティア・ブニアティシヴィリは協奏曲とは別の一面を見せる。彼女のショパンは作曲家が自らは果たせずに、理想としたであろう表現を具現化しようとしているかのようだ。それは、弱々しいショパン(ピアニストとしてヴィルトゥオーソとされるものの、身体が非常に弱かった)にとって決して弾けないであろうフォルティッシモを彼女は何等ソンタク(斟酌)することなく弾いてのける。

 リストの唯一の「ソナタロ短調」、それに、多くの「超絶技巧曲」、プロコフィエフの「戦争ソナタ」、ストラヴィンスキーが自作のバレエ曲を編曲した「ペトルーシュカからの3楽章」などにいたると、彼女の左手がにわかに強烈な主張を展開する。腕力が黙っていない。スタインウエイが壊れそうな勢いに唖然とする場面が出現する。柔らかに見える手指も相当の圧力を秘めているようだ。

 只一つだけ指摘するならば、バロックの他ジャンルからの編曲もの、特にバッハの声楽作品カンタータからアリア「羊は安らかに草を食む」をアンコールなどでよく弾いている。これは私のイメージと異なり、ロマン的雰囲気が気になっていた。ペトリ(~1962)の編曲版で一般によく弾かれているものである。そこで、よく聴き込んでみると内声部に隠れている対旋律がよく聴こえて来ないことに気付いた。彼女はその旋律を確かに丁寧に秘かに弾いている。これをもっと強調すればバッハの雰囲気が出て来るのではないだろうか? 以上は素人の私の感想。名うてのブニアティシヴィリに分からない筈はない。なんでだ! どうも私の耳はバロックチェンバロを引きずっていたようだ。彼女は、バッハ、ヘンデルスカルラッティといったバロック時代に題材を求め、ペトリやケンプの手(編曲)を借りて現代に訳し、若手のブニアティシヴィリ自身がそれを表現している、と考えれば府に落ちて来る。(前記バロック後期の三巨人は奇しくも1685の同年生まれ)

  私はピアノ曲を鑑賞する際、テンポだけは相当高名なピアニストであっても、テクニカルな、例えば、オクターブで動き回るパッセージなどはイメージより遅くなることを許す、我慢する、妥協する、やむなし、諦めるなどという覚悟を持って臨んでいた。それが、それらを一切取り払って、イメージ通りのテンポを安心して追い求めることが出来るピアニストが現れたのだ。盤上のプリンシパル「カティア・ブニアティシヴィリ」である。

 まだまだこれからの年齢だが、早咲きの花は今まさに旬を迎えている。あまりの売れっ子振りに、いつ研鑽の時間が取れているのかが気にかかる。同時に才能の枯渇が心配だ。今でも十分に歌えているが、さらに技能というより芸術の肥やしになるものを貪欲に取り込み、美しき女性が故に陥る身体的ハンデにはくれぐれも注意して、折角の逸材が益々永く光輝くことを祈りたい。

【ブロガーのエピローグ】世界四大レーベルの一角を占める「ソニー・クラシカル」が24歳の新進女性ピアニストと契約を結び、7年目の前半までに6点のディスクをリリースした。この間、彼女の活躍は目覚ましく、将来性は限りない。ソニー・クラシカルの慧眼が光る。だが、「出る杭は打たれる」という言葉もある。天下のハイフェッツカラヤンさえ否定する人もいるのだから。また、本人には何の罪もない彼女の美貌に嫉妬したり反感を持ったりする男女が居ることも事実。ある女性は、彼女のコンサートに男性が多いのは彼女の容姿を見て納得出来た、と言っているけれど、男性が彼女の表面的な美顔や豊胸に引き寄せられているのではなく、彼女が発する音と感性(表現)に魅力を感じているのだと、ここで代弁しておきたい。とはいえ、天が彼女に二物も三物も与え賜うたことは確かだろう。

 なお、数多い書き込みの中には、独善的で否定的なコメントを見かける。発信者は彼女の演奏の何パーセントを何回聴いてコメントしているのだろうか? 多くの巨匠が彼女を絶賛している事実を知っているのだろうか? 最も問題が多いと考えられるのは、自分への過信からか、発信したまま更新する謙虚さを持たずに恥をタレ流しの状態で放置することだ。文章の発信は誰かに影響を及ぼすオソレがあるということを肝に命じて行きたいと私自身思っている。(2017.5.23 更新)

 ※ 筆者プロフィール:大嶺光洋(おおみね こうよう)。公益社団法人「日本演奏連盟」所属・声楽バリトン。平成24(2012)年、72歳で「奏楽堂・日本歌曲コンクール」入選(ファイナリスト)&審査員特別賞。平成26(2014)年、同コンクール・審査員特別賞。現在、ピアノ・宮崎芳弥(みやざき よしみ)とデュオ活動中。